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sinさまともうどれくらい逢っていないのか?と、指をおって数えると驚く。

今が自然になっているのかもしれない。
と、思うことも多くなった。

それでも、お逢いできない寂しさに切なくなったり、急に胸を締めつけられることもある。
これはsinさまと過ごした10年の歳月の条件反射みたいなもので、わたしの中ではもう過去のことなのかもしれない。
と、分析してみたり…。

sinさまから戴くメールは、今でも本当に短文で、でもお逢いしていたころとは違う。
うまく言えないけど、雰囲気がね…違う。

もう逢うことはないかもしれない。
それでも以前と変わらず逢える日がくるといい。

これは希望だな…ぽつり。考える。
そして、その希望はsinさまのものだ。
sinさまはもうわたしと逢えないかもしれない。と、思っていらっしゃる。

そして、わたしは逢えないかもしれない。と、考えることもない。
ただ、以前のように「次の休みに逢えそうです。」と、sinさまからのメールをただ待つだけなのだ。

これもすでに習慣か?
そんなことを考えるある日。

まるでごった煮のような夢を見た。
起きた時には、様々な場面の断片が目覚めたわたしのまわりを巡っている。そんな感じだった。

その夢のなかの一場面。
sinさまがわたしに逢いに来てくださった。

言葉を交わした。
触れた背中は、わたし好みの黒い綿の生地 sinさまの体温 覚えている肌触り。

嬉しい。
感じたのはそれだけの感情。
ただ…ひたすら嬉しい。

目が覚めて、いろんな場面を思い出して、スクロールする意識をそこでとめる。
わたしの想いを抱きしめた。

条件反射じゃない。
習慣じゃない。

わたしの想いの丈全部が、sinさまを求めていることを知った。

お逢いできて嬉しかった。
その余韻をかき集めてただ消えないように何度も何度も反芻した。

自分の瑞々しい想いが全身に浸透する。

そんな関係もあるのだ。
それが今のsinさまとわたし。


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 2020_05_17



4月はわたしの誕生日月。
わたしは自分の誕生日が好きだ。
わたしが生まれた…この世に生を受けた日だから。

簡単に言うと特別な日だから。

わたしは、自分の誕生日を忘れたことはない。
いつも嬉しい。

でも、年齢を重ねると、どんどんお祝いの言葉をもらえなくなってくるんだなぁ。って実感している。

同年代のみんなが口を揃えて「もう誕生日を祝ってもらう歳じゃない。」って言う。
それが一般的な感覚で、きっと極々親しい関係か?すっごく離れた関係でないと、逆に気を使って言えないのかもしれないなぁ。

寂しい。
わたしは自分の誕生日大好きなのになぁ(照

そんな今年のわたしの誕生日の翌日、件の彼からLINEが届いた。
「誕生日おめでとうございました。」

あはは。
覚えてくれていたけど、一旦スルーしたのか?本当に忘れていて、翌日に思い出したのか?は定かではないけれど、今年の誕生日を祝ってくれたのは彼だけだった。

sinさまご自身はどの誕生日にも重きをおいていらっしゃらない。
それは飼われはじめたころからそうだった。

わたしにとってわたしの誕生日は特別で、sinさまに気にかけていただきたいと、何年も訴え続けたけれど、結局覚えてはいただけなかった。

今は、それが自然なのだと思う。

わたしの誕生日はわたしだけが覚えていればいい。

そしてまた、今年の誕生日みたいに、誰かが不意にお祝いをくれたらそれが嬉しい。
きっと、件の彼はずっとわたしの誕生日を覚えていてくれるだろう。
それはそれで自然なことなのだ。

生きて、相手を想うこと。それもまたそれぞれに違って、それがそれぞれの自然体なのだから。


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 2020_04_26



sinさまからのメール。

これまで一度もなかった言葉がメールのなかにあった。
震えるほどの気持ちで、それがどれほどわたしを驚かせ、そして喜ばせたか?!をお伝えしたくて、言葉を探しているうちに、日付が変わってしまうほどだった。

日付が変わったことに焦ったわたしは、なんだかとてもしどろもどろなメールをお送りしてしまって…しかも重要な言葉を誤字してしまい、気づかずに送信してしまったのだー?!

なんてばかなんだろう。

訂正するメールもお送りすることができないほど、意気消沈してしまった。

でも、いいのだ。
わたしがsinさまからのメールに、これまで見つけたことがない言葉があったことを嬉しく思ったことなど、sinさまに知っていただく必要はないのだから。

sinさまはこれまでも、必要な言葉を選んでメールくださることなどなかった。
いつもそのときそのときの、ご自分の感覚でご自分の牝への言葉をかけてこられたのだ。

それでも、ここにある言葉は、sinさまのわたしに対するお気持ちに変化があったのだろうと思う。
そしてその変化を感じて、わたしの想いも変化する。

それだけ。
それが今年の春を受け容れる悦びになる。


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 2020_02_24



気がつくと2020年が始まっていた。

昨年は、sinさまと出逢って12年目の12月。
逢わなくなって2年が過ぎていた。

今年最後のメールをいただけないのだろうか?と、思い始めたわたしの2019年の仕事納めの日に、メールを受け取った。

これまで、言葉も行為も行動もないと思っていたsinさまなのだけれど、最近になって、あ。これ…この件はsinさまの「mineに逢いたい」と、言う意思表示だ。と、気づいた。

照れる。
嬉しい。
すごくすごく、わたしを求めてくださっている。
わたしに逢いたいと全身で表現してくださっている。

これまで全く気がつかなかった。
ほんと、シャイな男だなって、胸を熱くした。

そしてわたしの鈍感加減に苦笑しきり。

ほんと、どうしょうもないふたりだ。
そんなふたりが嬉しい。


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 2020_01_05



わたしは、わりと男との微妙で絶妙な距離感について書いている。
一緒にいて感じる妙な確信みたいなものかな?

人によっては、会わなくなって2年近く経っているのに、一緒にいるって感覚は違う。と、感じるかもしれない。
ホント、こういう歪な関係は、千差万別だと実感する。

わたしはとても冷静だ。
怖いくらい。
光が屈折することなく水底に届く澄んだ湖の底から、眼を開いてまっすぐ男を見ているような…

わたしは自分の世界を一生懸命に生きている。
責任と義務と自由。
憂うつと幸福。
その一方で、男のために生きている。

全くの別次元を、この距離感を得ながら紡ぎあって生きている。

だから、さよならの距離も解る。
微妙で絶妙な距離感のように、五感で感じるものではない。
確実にお互いのちょうどいい距離が途切れていく感覚のなかで、それは現実になっていくのだ。

片方でも両方でも、心が離れた時点で、均衡を保っていたふたりの距離感が崩れていく。
ガツンと心に喰いこむ現実を正視できるか否かで、どんなさよならになるか?!決まるのだろうと思う。

男とわたしの心の距離はどこまでも離れている。
躰の距離は果てし無い。

でも、それはさよならの距離ではなくて、こんな逆境のなかで、今も求めあっている。

男がはじめてわたしにアクセスしてきたあの日から、紡ぎあってきたモノってなんだろう?
こんなになっても一緒って想える妙。


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 2019_11_03




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嗜虐にその変態性欲を満たす男と、その男に飼われ被虐の快感に陶酔する女のお気楽な記録♪

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