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エゴマゾと奴隷と方針と…

ちょっとわたしが最近感じていることを書いてみようと思う。

はじめての人と交流を試みるとき、お互いの考えをすり合わせることがよくある。
その時に割と出てくるのが「エゴマゾ」と「なんちゃってS」。

わたしがマゾだと名乗ると「なんちゃってSには気をつけて。」と助言されたり、わたしの願望を前面に押し出すと「そういうのエゴマゾって言うんだよ。」と嗜められたりする。

「なんちゃってS」には特に意見を持っていないのでここまでとして、エゴマゾについてわたしの考えを書きたいと思う。

ご主人さまはわたしの求める快楽に口を出されることはない。
だからわたしが他の男性(女性)とベッドを共にすることがあっても、報告とみっつの約束を守れば良いと言われている。

わたしはこの世界が面白くて、またご主人さまから与えられる快感とは違う快感を求めてネットを浮遊することがある。

チャットなどのコミュニケーションの場をロムしたり参加していて、感じることはこの「エゴマゾ」という言葉はどうやら”奴隷願望のある女性”や”奴隷さん”に向けられる蔑視の言葉で使われることが多いこと。
そう「エゴマゾ」ってあまり良い印象を持たれない言葉に発展してしまっている。

奴隷というのは絶対服従でご主人さまの調教に対して「NO」はない立場。という方針のご主人さまが、そこから奴隷がはみ出そうとすると「エゴマゾ」という言葉で奴隷の立場を思い知らせる常套句になっているような気がする。
出会った奴隷願望の女性に対する牽制に使われることも多い言葉だと思う。

しかし、これはある種のご主人さまと奴隷の関係において…絶対服従。奴隷に「NO」はない。というご主人さまにおいてと言った方がいいかな?
そんなご主人さまと奴隷の関係においては正解なのだろう。

そうなるとこれはSM目主従亜目ご主人さまと奴隷科(笑)のその中でも、もっと小区分に分けられた奴隷さんへの戒めの言葉になるんじゃないかな?

だから、わたしのようにご主人さまがいながら…絶対服従を誓い、その足許にひれ伏し被虐の快楽を欲しがっても、ご主人さまの躾が「己の業に正直であれ」と、いうマゾに対しての「エゴマゾ」は案外褒め言葉にもなるかも?

マゾって自分の欲望に強欲ゆえに翻弄されている人も多い。
だからきっとマゾって基本エゴイストなんじゃないか?と思うのだ。
そういうエゴマゾをひれ伏せさせるのを楽しむサドもいるわけで、S男性の求めているものが違う。その方向性によって「エゴマゾ」って言葉も変わってしまうよね?

結局何が言いたいか?と言うと「エゴマゾ」。この言葉が当てはまらなかったり賛辞になるマゾもいて、そういう相手の性癖をみてコミュニケーションにいろんな言葉を使えたら嬉しいなってことなのだ。


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快感と不安の線引き

昨日、わたしがご主人さまのことを何も知らないことが、被虐の快感に繋がるとエントリーした。

確かにわたしはご主人さまのプライベートを何も知らない。
でも、ご主人さまのお人柄はよく知っている。
わたしに対して逃げない背をむけない。
それが一番の安心に繋がるから、わたしが知るべきことはそれだけで充分なのだ。

そして、主従の世界においてお互いの身元を明かすことが、信頼に繋がるとされていることも理解している。
わたしがご主人さまを募集したときに、この信頼という言葉と一緒に逢うときには身元を証明する免許証や会社の名刺を見せると宣言した男性が多かったこともそれを裏付けている。

ご主人さまのことで知っているのは唯一ケータイのメールアドレスだけだと、奴隷さんの知り合いに話すととても不思議がられたし、なんて言えばご主人さまの身元を教えてもらいやすいか?とアドバイスをしてくれた奴隷さんもいる。

自分の性を委ねるのだもの!相手の身元を知ることは、とても重要だとわたしも思う。
だから、相手のことを知らなくてよいとは当然思っていない。

わたしのご主人さまは、ご自分の身元を隠しているわけではない。

だからわたしは安心して、何も知らないでいられるのだ。

ご主人さまがどこの誰かわからないことに不安を抱いている奴隷さんが、ご主人さまの身元を知りたいと思うのなら、はっきりと聞く方がいい。
知らない故の不安が、ご主人さまへの我慢になり不満に変わるのは悲しい。

知っておいて困ることなどない。
わたしの場合は、その知っておくべきことをご主人さまのポケットにしまっているだけで、いつでも取り出せるのだ。

奴隷は何も知る必要はない。と自分が知りたいことを教えられないことと、オープンにされていることの取捨選択を自分で選べることは、全く違う。
この差が不安と快感の明暗を分けるのだろう…。


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同じ立場?(友達)

わたしがSMや主従に興味を持ってサイトをうろうろしてすぐ偶然にもM女性と知り合った。
わたしがご主人さまと出逢った掲示板に「同じ立場の女性と友達になりたい。」と、パートナーやご主人さまではなく友達を募集する書き込みがあがっていたのだ。

わたしはすぐにメールして、彼女ととても親密になった。
この世界のたくさんのことを彼女に教えてもらった。
わたしが思い切ってご主人さま募集を掲示板に載せたのも彼女とのやり取りが大きく影響している。

彼女にはご主人さまがいたけれど、奴隷やペットではなく生涯のパートナーとしての未来があった。
はじめての友達が「ご主人さまと奴隷」「飼い主とペット」などの、このネット世界の王道でなかったこともなんだか奇遇のような巡り合わせだった気がする。

その後も奴隷さんやM女性・ペットや家畜という立場の女性と知り合って、個人的なメール交換をするようになった。

友達って言葉が不思議な世界。
でも本当なら誰にも話せない性の話を赤裸々に話せる相手であることから、濃い繋がりを持てたような気になっていた。

そんな彼女らと今でも付き合いがあるか?と、聞かれれば、ない。と答えざるを得ない。
皆無とは言わないけれど…。

個人的にメールアドレスを交換した女性は10人を下らないだろう。
ネット上だけでの交流をいれたら何倍もの人数の女性といろんな話をした。

環境が変わっても友達だよね?と、約束した彼女達。

はじめて友達になって、お互いの住所まで教え合った女性は、パートナーさんとの関係解消後にわたしとの連絡も途絶えた。
わたしの方から何度か近況を知らせるメールをしたけれど、返事は無い。
その他の女性もほとんどが主従関係解消と同時に、連絡をもらえなくなった。
やっぱりわたしの方から何度かメールをしたけれど、返事は無い。

ご主人さまやパートナーを1年に何度も変える女性もいたな〜。
この女性からも結局音沙汰なし。

ある意味男が主導権を握る世界で、その関係に傷ついた女性がその場に留まる女性と友達で居続けるのは難しいのかもしれない。
またお互いの主従観のズレが相手を認められなくしてしまうこともあったかもしれない。

それほどこの世界で、男との良好な関係の継続は難しいように感じる。

彼女たちがこの世界で傷ついたことを後悔しても、それが人生のほんのちょっとの過ちで…いつか笑って「私ってばかだったな〜。」って言っていて欲しいと願う。

同じ立場なんてないんだよ。
主従ってひと言で言っても、人間が違う限りその関係を構築していくのは、自分と相手のふたりであって、どこかの誰か達の関係が見本になることなんてない。

そうやって関係をつくりあげ、結果崩れてしまったのなら、同じ立場の友達はきっとその女性の友達で居続けられたのではないか?と、そう思えてならない。
同じ立場だから友達なのではなく、その立場は友達になるきっかけにすぎない。そうありたい。

その男とただ通り過ぎただけの関係だから、その間にできた他の関係も消滅してしまうなんて…それは悲しい。

わたしはこうやってネット上で浮遊しているけれど、現実にも二本の足で立っている。
そしてご主人さまに飼われている。

友達という言葉の響きは心地よい。
この世界でそんな関係が独立して友情を育めたら…ちょっぴり嬉しくないですか?


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汁好き

出汁という言葉がある。
もちろんわたしだって、声に出すときは「だし」と言うしお料理の話をするときもちゃんと「だし」って言う。

しかし…わたしの淫らな語彙に「汁-しる-」がある。
わたしの全部の穴から「いやらしい汁が…」などと表現すると、わたしの背骨はぞくぞくして気持ちを昂揚させる。

そんなワケで「出汁-だし-」という文字を見ると、思わず「でじる」と心のなかで読んでしまうのだ。
だってそのほうが気持ちイイんだもん(照)

しかし…「でじる」うふ♪なんて野卑な印象を受ける言葉だろう?
好きだわ…。


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ちんぽアラカルト

昨日のエントリーで、いろんなちんぽのカタチを書いた。
あれはわたしが実際に見たちんぽ達なのだが、それを否定したかったわけじゃない。
どのちんぽもその当時わたしはその持ち主の男性をとても愛していた。

ただ、わたしが見てきたちんぽのなかでご主人さまのちんぽが群を抜いて端整で美しいと言いたかったのだ。

見てきた…と、言ってもわたしもそんなに経験豊富じゃない。
お付き合いしてセックスした男性は20人ほどだ。

そんなワケでわたしの知ってるちんぽのカタチの話を書こうと思う。

わたしがはじめてセックスした男のちんぽは少し太くて長くてやっぱりすらりと弧を描いていたように記憶している。
どうして初めてなのにその男のちんぽが標準より少し太くて長いことを知ったかというと、そのセックスした年齢に大きく関係する。

わたしも彼もまだ十代だった。
そう、この年齢の男は性的なことに興味津々だし、自分のいちもつの大きさや太さや長さをとても気にするお年頃なのだ。

そして、幼いゆえのオープンさがあって、なんでも彼女に話してしまう(笑)
懐かしいな…あのころは彼が全てで、セックスを知っていることがすごいことのように感じてませたことを言っていたな…と、微笑ましい(?)思い出だ。

何人かの男性経験のあと、自称すっごくちんぽのでかい男とつきあった。
それは彼が言うとおり、とても大きくて太いちんぽだった。
カタチは角がとれた四角で根元から先端まで太さが変わらない。そんなわけでカリもないちんぽだった。

わたしがちんぽが大きすぎて入りません!とセックスを断り交際を断念した男性のちんぽは自他共に認められるでかさだった。
勃起してても萎んでても硬さが変わるだけで大きさは変わらない。
両方の手で輪をつくらなければ扱くこともできないほどだった。
このちんぽも角がとれたみたいに四角くて…でかいちんぽってもしかして四角いのかも?とそんな認識を持ってしまうほどだった。
太いというより分厚いって感じ。
その百科事典のように重厚なちんぽに、フェラチオもできなかった。
そんな彼も結婚して父親になっているのだから、女性も様々だ!

もちろんとても小さなちんぽもあった。
体重100kgを越える男性でおなかもぽっこりでていたので、セックスするのちょっと大変だったけど、愛はそんな障害を物ともしないのだ!
大きいたらの芽のようなちんぽだった。
可愛らしかった…。

ちょっと気持ち悪いと思ってフェラチオできなかったちんぽもある。
ピンク色でなんか全体が濡れてる感じで先端にむかってすぼまっている。
このちんぽだけは生理的に受け容れられなかった。

勃起すると膨らんだように中央部が盛り上がっているちんぽや、カリの境界が膨らむちんぽのように太いちんぽは、勃起したときあまり弧を描くことがなかく、どーんと前に迫り出している印象があった。
すっごくカリのでっぱったちんぽもあったし、真ん中からくの字型に曲がっているちんぽもあった。
でも、お付き合いしたほとんどの男性のちんぽは所謂 標準的大きさで日本人らしいカタチをしていたと思う。

そして、どんなカタチのちんぽでも、快感はあまり変わらなかった。
セックスで女性がどれほど興奮して膣内を充血させるか?が挿入を気落ち良くする秘訣だとわたしは思う。

自分のちんぽの印象を付き合っている女性に聞かない男はあまりいなかった。
やはりちんぽは男のシンボル的存在なのだろうと思う。

快感は変わらなかった。と、書いた。
そうお付き合いした男性とのセックスはみんな気持ちよくて好きだった。

でも、ご主人さまに飼われ、淫らな牝の業を引き摺りだされ、わたしが欲しかった被虐の快感を躾けられるようになると、セックスの気持ちよさでは満足できなくなってしまった。

淫乱な女を満たす男。
それがご主人さまのちんぽなのだ…(〃_〃)

明日もちんぽのお話続きます(照)

※二日連続でエントリーに拍手をいただきました。
とても嬉しいです^^
拍手をくださったあなたありがとうございます♪


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